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原子力・放射線の分野で働く女性たち

伊藤 広恵

女川原子力発電所の運転を再開できるよう
サポートしていくことが私の役割です

伊藤 広恵(いとう ひろえ)

東北電力株式会社
原子力部 原子力技術訓練センター
主任講師

入社動機について教えてください。

 教育大学出身なので、原子力の分野に縁はなく、ただ街に灯りをともす仕事がしたいという漠然とした思いから、就職活動の際に女川原子力発電所を見学させてもらったのがきっかけでした。父がプラズマ核融合関連の研究者だったこともあり、原子力への抵抗はないまでも、無機質かつ厳めしい構造物にすぎないと思っていた発電所が、当時の副所長の話を聞きながら実際に見ると、意外にも人の活力に溢れ、中央制御室で働く運転員の姿が特に印象的だったことを覚えています。

 でも、まさか数年後に、その中央制御室で働くことになるとは、夢にも思いませんでした。

日頃の仕事は、どのような内容ですか。やりがいや、心掛けていることも教えてください。

 現在は原子力部門における教育訓練の計画・実績管理を行う原子力技術訓練センターで、現場のインストラクターや発電分野の教育担当、受講者間の調整役として、主に運転員育成に係わる教育訓練の改善に携わっています。

 東電福島第一事故を踏まえ、ハード面での安全対策だけでなく、教育訓練や理解活動などソフト面への要求事項も高まり、やるべき課題は山積みです。入社以来、会社生活の約半分を女川原子力発電所に勤務し、5年間の当直3交替の経験から得た知識や技術、人とのネットワークをベースにそれらの課題と向き合う毎日です。

 東日本大震災発生時、私は育児休職で職場から離れていたこともあり、女川での出来事も福島の事態もよくのみ込めないまま、ただ茫然と無力であることを痛感しました。震災の3カ月後の6月に職場復帰して4年が経ちますが、あのとき何も出来なかったことが原動力となり、女川原子力発電所を救った仲間に借りを返す気持ちと、福島の現実に対し何かできることはあるはずだという思いで仕事を続けています。

 かつて女性の深夜労働が法令により制限され当直勤務ができなかった私を受け入れ、運転員として育ててくれた諸先輩方の技術や思いを若い運転員に受け継いでいくこと、そして3・11以降、停止中の発電所を守り続けている運転員が、胸を張って中央制御室の制御盤に立ち、発電所の運転を再開できるようサポートしていくことが今の私の役割です。

 また、わずかな期間ですが広報分野の業務経験を得たことで出会い、今も多くの刺激を受け続ける全国のWiN‐Japan会員と志し同じく、原子力に係わる女性としての感性と視点で、目に見えない放射線や原子力のリスクを正しく理解してもらえるように努力する姿勢を忘れずにいたいと思います。

ワークライフバランスは、どのようにとっていますか。

 結婚以来、同じ会社に勤める夫は女川に単身赴任で、平日は娘と2人のシングルマザー生活です。子育て中は誰もが大変ですが、まさにその渦中で毎日が慌ただしく、私が遅くまで残業なら、5歳になる娘も保育園で夕食…。20時過ぎに迎えに行くことも多く、母としてはいかがなものかと思い悩み葛藤しつつも、朝ごはんを一緒に食べることと、就寝前のわずかな触れ合いの時間を大切にしてきました。

 自分の意思や都合だけで仕事に没頭することはできなくなりましたが、娘を通じて地域社会に触れることで、改めて原子力に携わる者としての責任を自覚し、人としてのバランスもとれるようになった気がしています。

 楽しそうに保育園に通い、「お仕事、頑張ってね」と手を振る元気な娘と、今更ですが両親や周囲の方々の助けにも感謝しながら、できないことへのストレスを溜めずに、できることに前向きに取り組むようにしています。たまに会う友達と他愛のない話をして笑うことが、何よりのストレス解消になっているかもしれません。

 休日は、普段一緒にいる時間が少ない分、家族3人で公園や買い物に出掛けるのが楽しみです。

(2015年6月当時)